jinlog

スタートアップに入社し、フィリピンのセブ島で働いている男が綴るブログ。

学歴コンプレックスを克服する思考

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僕は地方の小さな国立大学の出身です。

地方にある程度共通する価値観だと思うのですが、国公立の学校に進学することが優秀な証で、私立は滑り止め、もしくはスポーツなど一芸に秀でた人が進学するための学校という価値観の中で育ってきました。

そんな中でずっと国立大学を卒業できたことは、僕や周囲の人にとって嬉しいことなのですが、当然世の中には学歴や偏差値という側面から見れば、もっと優れた人がいっぱいいるわけです。

就職して上京したり留学したりと、コミュニティが広がれば、そうした方と知り合う機会が増え、僕はコンプレックスを感じることが多々あります。

そんな時に、どう考えて乗り越えているかということを紹介します。

自分はこの人と肩を並べるレベルになった!と考える。

これだけです。

相手「大学は慶應出身ですー」

自分「うわぁ…すごい…頭いい…経験値が違う…それにきっと金持ちだ…」

こんな風に考えたらもうダメです。

萎縮して何もできなくなります。

自分「お、慶應出身者かーついに自分もそのレベルまできたかー」

こう考えるのです!

東大や早慶出身者がまわりにいれば、自分もそのレベルに達したと!

マイルドヤンキーの友達はマイルドヤンキー

人は同じような価値観や境遇の人とコミュニティを形成する傾向があります。

経営者の知人は経営者が多いでしょうし、主婦の知人は主婦が多いでしょう。

優秀な人が周りにたくさんいれば、そこに属している自分も優秀ということです。

僕は周りに優秀な人がいればいるほど、自分のレベルが上った証であり、さらにステップアップするためのチャンスだと考えています。

逆に言えば、優秀な人がたくさんいる環境に飛び込めば、自分がレベルアップできる可能性が高いということでもあります。

(ここでいう"優秀"というのは、学歴や偏差値に限った話ではありませんよ!)

さいごに

念のために言っておきますが、僕は学歴を重要視したり、それで人を判断しているわけではありません。

ただ、「東大出身です!」と言われると、気後れすることがあるし、そういう方はたくさんいるでしょう。

そんな方のために、「僕はこういう風に考えて、自分を鼓舞しているよ」ということを伝えたかったのです。

月並ですが、高学歴というのはあくまでも試験を突破したり単位を取得する能力に優れているというだけです。

人間の能力や魅力は総合的に判断されるものだし、場所や時代、個人の価値観によっても変化します。

学歴という数あるフィルターのうちの一つに過剰に縛られることなく、堂々と生きましょう!